会社倒産までの苦闘と地獄ロード~そして再起へ

倒産までの経緯~その後に大変な地獄が待っていました。当時乗り越えた知恵とノウハウを苦しんでいる方に。

後遺障害②

後遺障害が残る中、裁判が始まりました。


運動・労働能力の低下に伴う将来的な損失利益への賠償請求になります。
年齢に伴う計算式が定められているので、法外な請求にはなりませんが、
それでも、1500万円を超える高額請求になります。


2か月に1回程度の裁判を計5回ほど行い、ほぼ1年間程掛かりました。
結果的に判決を待たず、和解にて解決になりましたが、
相手の弁護士からは高裁に上告する姿勢も見えましたので、私自身が
長引くことを嫌い和解にて了承した次第です。


最終的な賠償金額は300万円弱でしたが、身を挺してと云いますか、
色々な意味でその後の再興するキッカケになりました。


現在、リハビリや薬効などもあり、時々痛みは残りますが仕事に影響が
あるような痛みではなく生活できています。




ケガで後遺障害

苦悩の日々の中、1年経過したあたりから少しずつ気持ちに整理を付け、
アルバイトに出るようになりました。


相手会社の事もあり詳細には記載できませんが
大きな機械を扱う部署で作業中に安全管理的な不備からケガをしてしまいました。
休業補償を頂きながら、通院治療したのですが元の状態に回復できず、
医師の判断から治療終了として後遺障害認定を受けるべく書面を渡されました。


労基署へ提出後2か月後くらいに呼び出しがあり、面談の上で後日10級の認定を
受け一時金として200万円程の振り込みがありました。


体の痛みと向き合いながらでしたが、現状を打破するには大変大きなキッカケに
なりました。


弁護士に相談したところ、
『会社の管理不備として損害賠償請求をした方が良いですね。
自分の今後の生活もあるのですから、そこはシビアに考えた方が良いでしょう。』


正直、面倒見も良くして頂きましたので、かなりの期間悩みました。


3週間後、ついに損害賠償請求を提起しました。





食べること生きること

成長盛りの子供2人と夫婦2人が食べて行くには、それなりのお金が掛かります。

食べること、すなわち生きることですから止めてしまうことは出来ません。


お米は極端に安い物10キロと標準より少し落ちる物10キロを混ぜていました。
農家直売の野菜売り場でとにかく安い野菜を買ってきていました。
肉はもっぱら鶏肉を買っていました。夕方からは照明としてロウソクを使いました。
夕食は炒飯や具の無いカレーライスになることが多かったです。
食パンの耳も多かったです。


不思議なものでこのような質素生活が続くと慣れてしまい
食に対しての欲が薄れてきます。


現在でも、あの頃の辛い食生活を忘れず肝に銘じているため
たまに家族で行く外食がとても幸せな事だと実感しています。